母が経営しているイベント会社を学生時代から手伝っていた私は、就職に対して”これがしたい”という動機など一切なく、気づいたら自然と母と一緒に仕事をしていました。
学生時代からアルバイトでちょくちょく仕事をしていたため、全体的な事業構造やクライアントとのやり取りも理解できていたので、ストレスなく毎日の仕事に向き合うことができていました。ところが、人生そんな簡単には進みません。

突然の母からの宣告。
青天の霹靂、とはこういうことを言うのでしょうね。
順調だと思っていたうちの商売は、毎月ギリギリで回している自転車操業状態だったのです。
とある日、母に呼び出された私は、衝撃の事実を知りました。
「来月で会社を畳むことにした。あなたもどこかに就職してほしい」と。
ショックでした。
幼い頃から一緒に遊んでくれた従業員の皆さんも、各々次の道を探し始めたようで、オフィスは昨日までの和気藹々とした空気が一転、静かにどよんとしたものに変わってしまったのです。
私が選んだ道は
落ち込んでいても始まりません。
私は20代も半ばになって、生まれて初めて履歴書を書くことになりました。
求人サイトをなんとなく眺めては、気になる企業にエントリーするようにしたのですが、”なんとなく”という動機の弱さでは、受かるはずがありません。そんな単純なことに気づくにも、約3ヶ月という時間を必要としてしまったのです。
そんな中、私の心に響いたのは、私のように人生の途中で岐路に立たされた方を助ける人材紹介の仕事でした。
まったくの異業種。理解を深める
幸い入社することができたのですが、何といっても世の中のことをまったく知らない私は、まず途方に暮れました。
世の中にある「業種」や「職種」について、ほとんど知識がなかったからです。
これでは仕事にならない。
危機感を覚えた私は、朝晩の空き時間を使って、インターネットで様々な仕事について調べることにしました。
その中でも、読んでもイマイチ理解できない仕事がたくさんあり、困った私は新しい職場で出会った先輩方に、次々と質問をぶつけました。
「この仕事って、どんな人が向いているのですか?」
「この資格って、取得するのにどのくらい時間がかかるのですか?」
先輩方は、嫌な顔ひとつせず、丁寧に指導してくださりました。
積極的だから。
そんな日々が続き、少しずつ仕事にも慣れてきたある日。
同行中の先輩に聞いてみたのです。
「なぜ皆さんは、私にこんなに親切にしてくださるのですか?」と。
先輩は笑いながら、
「だって、あなたが戦力になってくれると僕たちの仕事も随分と楽になるし(笑)、これだけ自分から積極的に仕事を覚えていこうって努力している人を放っておける人のほうが、世の中少ないと思うよ」と仰いました。
主体的になって、自分からどんどんチャレンジする。
その積極的な姿勢を評価してくださっていたのです。
これは、実はどんな仕事に就くとしても必要な能力なのではないかと、最近になって感じるようになりました。
他人の人生を変える責任感。
人材の仕事に就いて、もうすぐ1年になります。
転職したいという希望者と面談し、実際に求める条件に沿う企業を探し、面談設定する。そんなサイクルを繰り返していくと、今更ながら「他人の人生を変える」ということに対する責任感を感じるようになりました。
私自身、急な就職で人生のベクトルが大きく変わることになりました。
この責任感がなくては、この仕事は務まらないと思います。
幸い、私はいい出会いがあって今も幸せに生活できています。
同じように、いえ、私以上に皆さんに笑顔になって人生を過ごして頂くためには、もっともっと勉強して、たくさんの出会いを提供できるようになりたいと思います。
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