高校を卒業してから近所にあったスポーツショップでアルバイトを開始。大好きなスポーツ(サッカー)に関わる事ができる仕事で毎日が楽しく、気がつけばいつの間にか店内では店長以外で最年長になり、正社員登用してもらうことができました。このままいずれは店長のポジションに・・・と夢見ていたのですが、新型コロナ期間に売上は激減、本体も体力がなくなりM&Aで他社に買収されることになったのです。

究極の二択。地方への転勤か、退職か。
当時、地元の少年サッカースクールで週末コーチを行い、自分の息子2人も入部してお世話になっていたため、平凡ながら幸せな日々を過ごしていました。ところが件のM&A事件が発生し、経営母体が変わると一気に事業方針も変更されることになり、拡大路線を続けていた店舗数をぐっと絞ることになりました。
私は地元から遠く離れたとある地方都市への転勤を命じられました。長男の受験を控えていたことや、スクールのコーチ業務を手放したくはない思いから、妻と相談し転勤は断る事にしました。つまり、長年勤めたこの会社を退職することにしたのです。
誇れるものは小売業での接客経験のみ。これでは・・・
40代も後半に差し掛かろうとしている年齢で、生まれて初めて転職活動に挑戦する事になったのですが、これは想像以上に過酷なものでした。まず、履歴書や職務経歴書の書き方さえわからなかった上に、実際にPRできるスキルや経験といえば、せいぜい店舗での接客経験くらい。もちろん、誇りを持って働いてきたという自負はありましたが、転用できるスキルかと言われると微妙なラインです。また、サービス業であれば週末は土日両日共に仕事となり、スクールへ通う事はできなくなりそうな求人ばかりが目につきました。
そんな中、知人から勧められたのは自宅から電車で20分程の近所にある準大手メーカーの工場での仕事でした。経験不問、土日休みという条件面で、自分の希望に叶うのではないかと思い受けてみることにしたのです。
時計を何度見ても、時間が進まない・・・。
面接はあっさり突破する事ができて、なんとか次の仕事が決まったという安心感で、それなりにモチベーションを持って転職初日を迎える事ができました。職場の皆さんは年齢や在籍年数もバラバラで、自分より年上も年下もいますが、分け隔てなく親切に接してくれる方ばかり。これはうまくやっていけそうだなと感じたのですが・・・。
実際の作業は、扱っている精密機器の部品の製造ラインで流れてくる商品をピックして印をつけてはまたラインに戻す、というごくごく単純な作業です。もう30分程経っただろうか?とふと時計を見るとまだたった5分しか過ぎていない・・・こんな体感時間の「遅さ」は、慣れるまでは地獄のようでした。単純労働がいかにきついか、考えた事もなかったのが災いしました。しかも、工場での仕事といえば「3K」きつい、汚い、危険・・・どうしてもテンションが下がるような雰囲気に圧倒される序盤の日々でした。
少しずつやりがいに気づく。誰かのための仕事である
それでも、3ヶ月、半年、1年と仕事を続けていくうちに、自分がやっている仕事の価値に少しずつ気づいてきました。自分のチェックがなければ、その後の工程でどれだけ丁寧な作業をしたとしても不良品となってしまう可能性が高い事や、実際に製品不良で事故になった事例などを見聞きすると、単純ながら「誰かがやらないといけない仕事」であり、世の中に対して価値をきちんと提供できているのだという自己肯定感にも繋がっていきました。
そして何より、やっぱり職場の人間関係は大事ですね。休憩時間中に喫煙ブースで他愛もない話をしたり、仕事終わりに一緒に飲みに行く同僚が増えてきて、仕事に取り組む事自体がどんどん楽しくなっていきました。週末には相変わらずちびっ子達と一緒にサッカーを楽しむ事ができているのも、とても幸せに感じます。こんな年齢でも採用してくれた今の会社には、とても感謝しています。これからも頑張っていきたいと思います。
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