体調不良をきっかけに病院での検査で発覚したのですが、ある大病を患い、長期入院する事になり前職を退職してから丸3年。療養を経て社会復帰を目指すも、ブランクを理由に書類選考すら通過できない日々が続きました。しかし、同じように重い病気を経験した社長が経営する地元メーカーとの出会いが、私の人生を大きく変えました。ここでは、再就職までの葛藤と転機、そして新たな職場での希望と学びをお伝えしようと思います。

突然の病と退職、人生が一変した日
あの日のことは今でも鮮明に覚えています。体調の異変に気づいたのは、ある年の春。はじめは疲れだと思っていたものの、日に日に倦怠感と息苦しさが増していき、ついには起き上がるのも難しくなりました。病院での診断結果は、自己免疫疾患の一つである難病でした。突然の宣告に目の前が真っ暗になり、仕事どころか日常生活さえままならない状態となったのです。
当時私は中堅のIT企業に勤めており、忙しい日々を送りながらも、充実したキャリアを歩んでいる実感がありました。しかし、入退院を繰り返し、会社にも迷惑をかけてしまうことへの申し訳なさから、退職を決意。復職の道も検討しましたが、再発リスクや通院の頻度を考えると現実的ではありませんでした。退職後は、実家に戻り、療養に専念する日々が始まりました。
病状は緩やかに回復していきましたが、社会との接点を失ったことにより、精神的な孤独や焦りも感じていました。年齢は30代半ば。働き盛りの同年代がキャリアを積んでいく中、自分だけが時間から取り残されたような感覚に苛まれました。それでも「もう一度働きたい」という気持ちは日々強まり、3年という長い療養期間を経て、ようやく社会復帰を決意するに至ったのです。
転職活動の壁―ブランクが突きつける現実
「3年間のブランクはやはり大きい」―これが、転職活動を始めてすぐに突きつけられた現実でした。応募した企業からはほとんど返信すらなく、たまに書類選考を通過しても面接で「体調に不安はありませんか?」と露骨に懸念を示されることもありました。
もちろん、自分の身体について説明する責任はあると思っていました。しかし、実際には回復しており、医師からも「日常生活や勤務に支障はない」との診断を受けていました。それでも、「病気をした人間」というだけでマイナス評価を受けることは多く、病歴を書くたびに選考から落とされる感覚は、正直心が折れそうになりました。
さらに厳しかったのは、再就職先に求める条件のギャップです。病気のこともあり、当面は残業のない環境や柔軟な勤務体制を望んでいましたが、そうした求人は数が少なく、競争も激化していました。キャリアやスキルは決して低くないつもりでしたが、「即戦力」「継続的な貢献」が重視される転職市場では、長期間の空白はやはりネックでした。
SNSやオンラインコミュニティで同じような悩みを抱える人の声を見ると、「自分だけじゃない」と思える一方で、なぜこんなにも再スタートが難しいのかと憤りを感じることもありました。それでも、「いつか自分を理解してくれる企業があるはず」と信じ、転職サイトを更新し続けました。
理解者との出会い――小さな町工場の大きな器
転機は、地元のハローワークにふと足を運んだことから始まりました。担当の相談員の方が「病気のことを理解してくれる企業があるかもしれません」と紹介してくれたのが、地元で機械部品を製造する小さなメーカーでした。正直、これまでのIT業界とはまったく異なる分野で戸惑いもありましたが、少しでも可能性があるならと、社長との面接に臨みました。
そこで出会ったのが、現在の社長でした。年配の男性で、開口一番「私も昔、大病を経験してね」と、自らの体験を語ってくれました。驚いたのは、私の職務経歴やブランクではなく、「これから何がしたいか」「どんな働き方を望んでいるか」をじっくり聞いてくれたことでした。
「無理しないで働ける環境を整えてあげたい」と言ってくださり、その場で「うちで働いてみないか」と声をかけてもらったときは、本当に涙が出そうになりました。その社長の言葉には、採用のための綺麗事ではない、本当の“理解”と“経験”が滲んでいました。
もちろん、入社後に不安がなかったわけではありません。初めての製造業、現場での作業、少人数の職場。しかし、少しずつ仕事に慣れ、周囲の先輩たちにも温かく受け入れられていく中で、「ここならやっていける」と思えるようになりました。
再出発の日々と、今伝えたいこと
再就職してから1年が経ちました。いま私は、週5日、無理のないペースで働いています。通院が必要な日は柔軟に休みを取らせてもらえますし、体調に不安があるときは業務を調整してもらうこともあります。それでも、責任ある仕事も任されるようになり、自分が誰かの役に立っているという実感を持てる日々に感謝しています。
病気を経験したことで、体調や働き方への意識は以前よりもずっと繊細になりました。しかし、それは決してマイナスではなく、自分自身を大切にしながら働く力を得たとも言えると思います。そして何より、「理解してくれる人がいる職場」に出会えたことで、私は再び自分らしさを取り戻すことができました。
もし、この記事を読んでいる方の中に、同じような悩みを抱えている方がいれば伝えたいのです。「ブランクがあっても、病気を経験していても、あなたの価値は変わらない」と。そして、「あなたのことを理解してくれる人は、必ずどこかにいる」と。
社会復帰は簡単ではありませんでしたが、あの苦しかった日々を乗り越えたからこそ、今の自分があります。人生は一度きり。だからこそ、自分のペースで、自分に合った場所を探し続けてほしい――それが、私がこの1年で学んだことです。
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