小学生の頃から野球を始めた私は、中学、高校と推薦を受けて地方の名門校に野球留学。プロになることを夢見て練習に明け暮れました。残念ながら肘の負傷でプレーを続けることを断念し、高校卒業と同時に就職することにしましたが、正直言うと野球以外に夢も希望もなく、ただ家に近いという理由で選んだのはペンキ塗装の仕事でした。
親方は厳しくも優しい方で、一から指導して頂き少しずつ仕事にも慣れていくことができました。

突然の廃業、放り出される
右も左もわからない若者を雇ってくれたこの会社には、私と同じような「はみ出し者」の先輩が何人もいました。スポーツ崩れだけではなく、元暴走族だとか引きこもりだとか、色々な事情で進学や就職ができなかった人たちが一念発起し、ここで社会人として仕事に打ち込んでいたのです。
先輩方の仕事に対する姿勢を見て、私も自分なりに一生懸命仕事を覚えようと努力する日々を過ごしました。
せっかく仕事にも慣れて楽しくなってきたある日、親方に呼び出されました。なんと、大口の取引先がコロナ禍の影響をモロに受けて発注を止めることになったとのことで、そこからの仕事が途絶えてしまうともうやっていけないとのこと。
残念ながら、親方も高齢であることから、廃業を決断したという話でした。
まさに青天の霹靂。社会人としてようやくスタートラインに立ったばかりの私は、突然職を失い、仕事探しを余儀なくされることになってしまいました。
学んできたのは「野球」
親方や先輩方が取引先などにも声をかけてくださって、なんとか私や他の若手従業員の次の仕事をみつけようとしてくださったのですが、何のスキルも経験もない若者を採用するほど余裕のある会社なんて、このご時世ではそうそうありませんでした。
仕方なく、私は自分で転職サイトに登録し、未経験でも歓迎してくれるような求人を探しては、片っ端からエントリーしていくことにしました。まだ年齢が若い点が良かったのか、幸い数社から書類選考の通過と面接への案内連絡が返ってきたため、勇気を出して実際に面接へ行ってみました。
そこで面接官の方々から問われたのは、私という人間がこれまでに培ってきたのは何か、ということ。仕事上では、ペンキ塗りを1年ちょっとしただけの経験値しかありませんでしたので、会話の中心は自然と野球の話題へ。
小学校からずっと、甲子園の常連である強豪校を卒業するまで取り組んできた野球を通じて何を学び、どんな人間に成長したのか。
仕事では、どう活かせるのか。
その問いに対する回答をうまく出せないまま、不採用という結果が何度も続いてしまいました。
自分で決めたことを守る
最終的に1社だけ内定を頂くことができたのですが、その面接では、自分自身が学んできたことを「自分で目標を立てて、その目標達成のために練習メニューを決めて毎日取り組むこと」と伝えました。
つまり、自分自身で目標を立てて、そのためには何をすれば良いのかを考え、プランを作って実行する。そんなPDCAを繰り返してきたことは、きっと仕事をする上でも武器になる。
面接相手になってくれた社長さんから、そんな言葉をかけて頂き、「よし、ここで頑張ろう1」と決意することができたのです。
入社することになったのは、機械製品の専門商社でした。
重い製品をいくつもトラックに乗せて、顧客に届けながら次のご注文を頂くようなルートセールスの仕事に、また私は1から挑戦することにしたのです。働き始める前に私が決めたのは、「自分で決めたことは、何があっても守る」ということでした。
例えば最初は、毎日商品知識の勉強を30分間するために、始業よりも早く出社する。朝練で鍛えられてきたことが、こんなところで生きるとは思いませんでしたが、朝早いことは苦でも何でもありませんでした。
信頼が仕事を生む
まったく未知の業界での挑戦となりましたが、一つ一つの仕事を自分なりに丁寧に、根気強く取り組んでいきました。そのうち、毎週顔を合わせるお客様からも気に入られ、「君は頑張り屋で見ていて気持ちがいいなあ」とか「次の仕事は、他社から君のところに変えたいと思う」という、ありがたいお言葉を頂戴することができました。
社長もいたく喜んでくださったのですが、何よりも評価してくださったのは、目の前にある課題やお客様から出された宿題に対して、真摯に対応して最後までやり切ること、でした。そうすることで信頼されるようになり、その信頼が次の仕事を生むようになってくれたのです。顧客の紹介や追加発注など、お声がけ頂くことが増えていくと、ますます仕事が楽しくなりやりがいを感じられるようになっていきました。
それもこれも、成功の要因はやはり自分がやる、と決めた仕事を諦めずにやり遂げようとする姿勢を持ち続けたことではないかと思います。
高校時代、監督さんから口を酸っぱくして言われ続けたこと。それは「諦めるな。諦めなければチャンスなんていくらでもある」ということ。その言葉の意味が、卒業して何年も経ってから、ようやく肌で感じられるようになりました。
監督さんには、感謝の気持ちでいっぱいです。
これからも、自分らしく、コツコツと仕事に向き合っていく生活を続けたいと思っています。