Jリーガーとして名を馳せた男が、30代で引退後、一般企業に未経験から挑戦。営業職として戸惑いや葛藤を抱えながらも、学びと努力を積み重ねて信頼を獲得。現場改善、若手育成などのリーダーシップも発揮し、昇進を果たしていきました。やがて彼は組織に不可欠な人材へと成長し、新たな夢に向かって歩み続けてきました。現役引退後も挑戦し続けた、ひとりの男のリアルなセカンドキャリアの軌跡です。

プロサッカー選手としての輝きと引退の決断
静岡県出身の元Jリーガー。小学生の頃から地元クラブで頭角を現し、全国大会では注目選手としてメディアに取り上げられる存在だった。高校卒業後は即プロ入り。Jリーグの名門クラブ・ブルースターFCに入団すると、1年目からリーグ戦に出場。卓越した判断力とフィジカルを武器に、センターバックとしてレギュラーの座を勝ち取った。
20代中盤でA代表に初選出され、東アジアカップにも出場。一時は海外クラブからのオファーも届くなど、将来を嘱望される存在だった。28歳のときには、本人の希望でドイツ2部リーグのチームに移籍。語学も苦労しながら習得し、数々の試合でスタメンとして活躍したが、思うように結果が出せず、1年で帰国を決断した。
国内復帰後も一定の存在感は示したが、ケガと若手台頭も重なり、出場機会は減少。2023年、32歳のシーズンをもって現役引退を発表する。記者会見では「満足している。でも、第二の人生が本当の勝負」と語り、満場の拍手を浴びた。選手生活15年、公式戦出場は350試合超。引退後のプランは「未定」。それが本当のスタートだった。
未経験からの挑戦、社会人1年目の現実
「普通の会社員として、ゼロからやってみたい」。彼が選んだセカンドキャリアは、知人の紹介で入社した都内のIT系ベンチャー企業。新卒扱いのような立場で、法人営業職として勤務を開始した。だが、実際に働き始めてからの現実は、想像以上に厳しかった。
初めてのデスクワーク、Excelの操作も手間取り、ビジネスメール一通を書くのに30分かかる。朝礼の発言でも緊張し、営業訪問では「元サッカー選手」という肩書きが逆にプレッシャーに。周囲は年下の先輩ばかり。彼らのようにスマートに資料をまとめたり、商談をまとめることができず、帰宅後は悔し涙を流す日々だった。
「ここにいていいのか」。そう感じながらも、佐藤は逃げなかった。自主的にビジネスマナー講座に通い、営業用語や業界知識をノートにまとめる。同期社員と一緒に朝練のように資料作成の練習を繰り返し、地道に努力を積み重ねた。
ある日、社内ミーティングで、誰も発言しない場面があった。勇気を出して意見を述べると、「元キャプテンらしい発言ですね」と笑いが起き、少し場が和んだ。その瞬間から少しずつ、周囲の見る目が変わっていった。
仲間と信頼を築いた“第二のフィールド”
入社3年目、転機が訪れる。ある中小製造業のクライアントとの商談で、先方の社長がかつてのサッカーファンであったことから話が弾み、商談がスムーズに進んだ。さらに、営業提案の中での彼の誠実な説明が評価され、大口の受注に成功。「営業部のエース」として一気に注目される存在となる。
ただ、彼の本領は数字以上のところにあった。彼は社内の若手と月1回の「振り返りミーティング」を自主開催し、失敗談を共有する場を作った。また、営業の進捗を可視化するホワイトボード管理も提案し、チームの業務改善に寄与。マネージャーからの信頼も厚くなり、主任職に昇進した。
チームの雰囲気は大きく変わった。新人が相談しやすくなり、報連相が活発になったのは、彼の「自分の失敗をまず話す」という姿勢に影響されたからだ。彼は現役時代に培った“チームの空気を読む力”と“仲間の力を引き出す力”を、会社でも発揮していったのである。
「勝ち負けじゃない。でも、どうすればチームが前に進むかを考えるのは、サッカーも仕事も一緒」。そう語る姿は、現役時代の“闘将”を思わせた。
新たな挑戦へ、歩み続けるセカンドキャリア
主任職となってからの佐藤は、後輩育成と新規顧客開拓の両輪で忙しい日々を送っていた。社内では研修講師としても登壇し、「スポーツとビジネスの共通点」「プロとアマの意識の差」などをテーマに語る姿が若手社員の刺激となっている。
また、業務外ではキャリアコンサルタントの資格取得を目指し、夜間の通信講座にも取り組んでいる。「いつか、アスリートのキャリア支援に関わりたい」。その思いが彼の次のゴールだ。
一方で、会社からも「新規事業部への異動」の打診があった。彼は悩みながらも、「自分の価値を広げるための挑戦」として受け入れる決意を固めた。「変化を恐れず、挑戦をやめない」。それは、プロ選手時代から変わらない彼の信条である。
40歳を目前にしながらも、彼のセカンドキャリアは、まだ始まったばかりだ。ピッチを離れた今でも、彼の視線の先には、明確なゴールと仲間の存在がある。輝くキャリアの“第二章”は、これからさらに深みを増していくだろう。
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