転職事例集

【シニア層の転職活動、想像以上に・・・】定年後、再就職にはまさかの苦難が待っていた。

投稿日:2023-08-15 更新日:

高校を出て就職したのは、当時も今も日本経済のトップを走る大手電機メーカーでした。技術職としてコツコツ仕事を積み重ね、最終的には事業部を任せられるポジションまで出世し、それなりに自分の歩んできたキャリアには満足し定年を迎えました。

しかし、いざ仕事がなくなり毎日家でゴロゴロするようになると、これはなんとも生活に張り合いがない。仕事ひと筋ウン十年の人生でしたので、特段大事にしてきた趣味もなく、少しでも自分の経験や知識を活かしてもらえるならばと、再雇用試験を受けることにしたのです。




定年後、再就職の苦難。

そもそも、ベテランの需要などない?

いざ生まれて初めての転職活動を始めてみると、もう驚きの連続でした。
まず転職サイトなんて見たこともありませんから、どこから手をつけていいのか、どんな探し方をすればいいのかもわかりませんでした。たまたま、自宅の近くにハローワークがあり、そこでシニア向けの再就職支援活動をしておられたため、参加して色々学ぶことができました。

私なりに、国内のリーディングカンパニーで最先端技術を扱ってきたことへの自負もあり、きっとお役に立てるだろうとタカを括っていたのですが、私が再就職できる対象となるような、いわゆる中小企業においてはそんな大きな技術の知識など必要なく、また、日々の仕事の進め方についても、レクチャーを受けてみると日進月歩。パソコンさえ手元になかった私が現場にいた頃とは雲泥の差、でした。

再就職、と気軽に考えてしまっていましたが、このままでは社会に還元するどころか、自分がお荷物になってしまうのではないかという恐怖にかられてしまいました。

収入ではなく、やりがい

私には2人の子供がおりますが、既に大学を卒業し社会人として頑張ってくれています。妻と2人、余生をのんびり過ごすには十分な退職金を頂いていますから、もう収入には拘る必要がありません。

それよりも、社会とどう関わるか、私が学んできた経験値をどのようにして社会に役立てることができるのか。そんな観点で、求人をじっくり探していきたいという意向をハローワークのご担当の方にお伝えしていました。まがりなりにも大企業でしたから、それなりの年収があったわけです。どんな再就職先だとしても、金額面だけをみると激減することは理解していましたし、納得もできていました。

だからこそ、仕事内容には拘りたいと考えていたのです。
人それぞれで、老後資金作りのために少しでも稼ぐことができるところを・・・と考えるのも決して悪いことではないと思いますが、お金ではない部分で探すほうが、精神的には落ち着いて活動できたのではないかなと今になっては感じます。



シニア専門エージェントとの出会い

たまたま、ハローワークの方からご紹介を受けたのがシニア専門のエージェント会社の方であったため、このような私の想いをよく理解して頂くことができたのはラッキーでした。

これまでには見たことも聞いたこともなかった会社ばかりでしたので、最初は不安に感じていましたが、詳細のお話を聞いていくうちに、なぜ私が必要とされるのか、どんな形で貢献できるのか、具体てきにイメージできるようになりました。結果として、そのエージェント会社から推薦を受けたとある町工場の求人案件に応募することにしました。

そこでは、まさに私が長年かけて研究、開発してきた部品を使って商品を組み立てていたので、若手の技術者に対してアドバイスできることもたくさんあったのです。
自宅からは通勤で1時間ほどと、少し離れた立地だったのですが、妻からはボケ防止にちょうど良いからと勧められ、無事に内定を頂き勤めることに決めました。

頼りにされる喜び

正直言いますと、定年間際の頃は、役職こそ立派なもので個室まで用意されましたが、誰からも頼りにされることなどなく、毎日が寂しいものでした。
ですが、今回再就職させて頂いた職場では、時間を空けずに次々と若手のエンジニアが相談に来てくれます。
そんなことも知らないまま就職したのか、と呆気に取られることもあれば、私でも即答できないほど入り組んだ問題に突き当たった方もいて、これはこれで刺激を受けて楽しくさせて頂いています。

大手企業にいたから、たくさん経験してきたからと横柄で尊大な態度を取ってしまうと、誰からも尊敬などされませんし(尊敬されたいわけではないですが)、相談もしづらい空気になってしまうでしょうから、できるだけ笑顔で、用事がなくても職場をうろうろするように心がけていました(徘徊、と思われているかもしれませんね・・・笑)

「おはようございます!」
「ちょっと教えてもらいたいのですが・・・」
と、若者から声をかけてもらえるのは、その内容が何であれ嬉しいことですね。

今まさに、目の前の人たちのお役に立てている、ということを実感できるのは、何にも代えがたい大きな喜びとなっています。
体が元気なうちは、頑張って続けてみたいと思っています。

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