幼い頃からの夢であった看護師という職業に就いて5年。
希望する部署にも配属してもらうことができて、それなりにやりがいを持って仕事に取り組んできたのですが、婦長との折り合いが悪く、病院の経営方針にも納得いかないと思うことが増えてきました。
その結果、次第にストレスから身体に不調をきたすようになってしまいました。思い切って、それまでは考えたこともなかった転職活動にチャレンジしてみることにしたのです。

教育実習だけで決めた、いいかげんな選択
そもそも、勤務先は大学時代に教育実習で通った病院で、なんとなく自宅から近いことと、一通り経験させてもらうことができて、慣れているという点で深く考えることなく就職先として決めてしまいました。
企業理念や求める人物像について、本来はもっと深く企業研究をして自分の価値観に合うのかどうかを判断するべきなのでしょうけれど、私の場合はとにかく早く就職活動を終わりたいという気持ちと、子供の頃から夢見てきた看護師という職業に就くことができるなら、どこでもいいと安易に考えてしまっていたため、内定を頂いた際にはぬか喜びして、他の病院という選択について考えることもなく就職活動を終わってしまっていました。
嫌な上司と折り合いがつかず・・・
入社してからずっと変わらない婦長は、かなりヒステリックな方でした。
細かい点までよく気がつき、鋭い指摘に誰もが戦々恐々としている状態でした。
普段はそこまで気にならないのですが、ちょっと自分の思い通りにならないことが出てくると、すぐに不機嫌になって周囲の部下に当たり散らしたり、陰で院長の悪口を言うようなことが増えてきました。
私は極力関わらないように、と努めてきたのですが、直属の上長ですからずっと関与しない、というわけにもいきません。経験を重ねる毎に、彼女から出される言葉の一つ一つに納得できない、反論したくなるようなことが増えてしまいました。それでも、できるだけ波風を起こさないように我慢していたのですが・・・
「風土」は無視できない
その婦長とは最後までうまくいかないままでしたが、それはでもたった1人の話です。イヤな上司がいる、なんて、世の中どこにでもある話で、それくらい我慢していかなくてはどこへ行ってもつまづいてしまうから、と耐えることはできました。でも、それよりもっと大きな問題がありました。それは、この病院での経営方針です。
ターミナル駅そばと立地が良く、患者さんがひっきりなしに訪れるこの病院では、一人ひとりの患者さんとじっくり接することよりも、いわゆる「回転率」を重視して対応することが求められました。
正直言って、高齢者の中には私たち、あるいは患者さん同士での会話を楽しみにして病院通いをしてくる方も確かに一定数存在しましたが、そういった方々の感情など一切考慮せず、次の患者さんをお待たせせずにテキパキ診療して回していく、という徹底したスタンスは、私の理想としていた看護師像とはまったく異なるものでした。
少しでも馴染みの患者さんと世間話をしようものなら、後ですぐにおとがめを受けてしまう、その窮屈な雰囲気は、これから先も長く勤めると考えたときに、はたして私の人生はこれでいいのか、とおおいに悩むに値する要素となってしまいました。
「人」の問題は我慢して看過したとしても、企業風土、文化はその中で働くわけですから見過ごすことはできませんでした。
理想通りの職場へ
何もかもが自分の理想通り、という夢のような仕事なんて、この世にはないと思っていました。
でも、転職活動の結果、少なくとも私が理想に感じていた患者さんとの接し方を実践している、こじんまりだけどアットホームな病院をみつけることができて、無事に転職しました。
お給料も以前よりは下がり、通勤もけっこう遠くなってしまったのですが、そのマイナスを補ってあまりあるほど、職場の空気感を好きになりました。
婦長さんは自分の両親よりも年上の、もういろんなことを経験してきた大ベテランの方で、どんなことを相談してもまず話を聞いてくださり、自分の思うようにやってみなさい、患者さんのためになると思ったことは、どんどんチャレンジしなさいということをアドバイスしてくださる、本当に素晴らしい方でした。
もっと早くこんな職場をみつけることができていたら、就職活動をもっと真剣にやっていたら、、、とちょっと後悔するくらい、働き方はガラっと変化しました。今は、毎日病院へ行くのが本当に楽しみです。
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